2021.06.16 の日記:ドウシテ……ネェドウシテ……

僕にしては珍しく明確な愚痴っぽいことを。


しばらく後に研究室で博物館関係の仕事が学外で泊まりであるらしく楽しげで是非連れて行ってもらいたいのだが、先生曰く「【名前】くんは論文を書かなければいけないのでお留守番しててください (笑)」とのことで、†完全に感情を失ってしまった†。ドウシテ……ドウシテツレテイッテクレナイノ……

まあこの状況下で大勢で行くわけにはいかないとか、新しく入ってきた人とか仕事ができる人とかを優先的に連れていきたいとか、先生が最近の僕の研究のしなさにストレスを感じていたとか、いろいろ正当な理由は考えられるし、本当の正当な理由が僕に直接伝えづらいことだったりするかもしれないし、あるいはあまり理由もなくなんとなくメンバーに選ばなかっただけかもしれない。まあその他どんな理由でも僕は完全に納得できるし、実際言われた通りに書かなければいけない論文を書いていないのでそれだけで順当な理由なのだが、とにかく、

僕は!

連れて行ってもらえず!

悲しい!


作業日に合わせて遊びまくってやるからな。その期間は一切論文を書かないし研究もしない。車借りて旅行とかしちゃう。最高にハッピーな日々にしてやるぜ。

勘違いしないでほしいのは、これは例えば先生等に向かう方向性のある感情ではなくて、あくまで自分の中に静止して存在している感情であって自分だけの中で咀嚼して消化して血肉にしなければいけない。出来事の責任は誰にもなく (もしかしたら今回の出来事については誰かに責任がある可能性もあるけど (僕かもしれないけどその場合は問題ない))、ただ悪い出来事が起こったという事実があるだけであり、つまりあくまで今回の出来事の登場人物は僕だけであり舞台は無機質な世界だけである。そういう出来事は自分の中だけで分解しなければいけない (まあ消化できた時点で人に話しまくるけど)。そういう意味でこの感情は防衛機制でいうところの合理化 (その期間に論文を書く必要はない、と自分の正当性を主張することで自明に先生の正当性を否定することになり、この場合は感情に方向性が生じる) とは違っており、「防衛機制の合理化をしてやるからな」というメタ的な防衛機制、たぶん逃避と反動形成とユーモアが混ざった行動に分類される (本当か?)。


論文は……書きます……。別日に……。